■J_Coffeeの徒然草(14巻)■

---目次---
  • 流浪の漢民族、客家(後編)
  • 金利の起源とベニスの商人(前編)
  • 金利の起源とベニスの商人(後編)
  • 1998年NTTドコモ上場の影響
  • 明日のジョーと泪橋(前編)
  • 明日のジョーと泪橋(後編)
  • 1兆4400億円の観光道路アクアライン

  • (2001/10/31)
    流浪の漢民族、客家(後編)

    前編

    1989年春、ソ連の自由化の進展に影響を受けた学生・労働者は、天安門広場に集まって政府に対して民主化を要求します。

    これをきっかけに、長老の陳雲、李先念らの保守派は、巻き返しを試み、学生達に同情的な改革派の趙紫陽・総書記の解任に成功します。

    このままでは、中国は混乱で衰退します。
    現実を重視するケ小平は、この解任に同意し、学生達の弾圧を決断します。

    1989年6月4日、日曜日の未明、戒厳軍が戦車、装甲車を繰り出し、催涙ガスや実弾を発砲し、学生や労働者に占拠されていた天安門広場を奪回します。
    200人余りが、亡くなりました。(天安門事件

    保守派、改革派の対立するなか、無派閥の江沢民が新しい総書記に選ばれます。
    海外の華僑、特に香港の人は、この事件に失望します。

    週明けの香港株は、大暴落します。

    この事件で、中国の発展は阻害されたかに見えました。
    西側のケ小平に対する評価も下がります。

    しかし、ケ小平は、粘り強く保守派の長老を弱体化させ、沿岸部の発展を推進し続けます。

    1992年春、ケ小平は、老骨に鞭打ち、広東省など中国沿岸部を巡視します。
    そして、党中央に対していっそうの改革開放を迫ったのです(南巡講話)。

    改革開放で生活水準が豊かになった沿岸部の人々は、これを熱狂的に歓迎します。
    これ以降、改革派は、党の実権を掌握します。

    海外の客家の人、いや世界の全中国人もこれに応えます。

    香港、台湾、シンガポール、東南アジアの中国人が、中国大陸へ積極的に投資をするようになります。

    こうして、世界中の中国人を巻き込んで中国の経済発展が加速します。
    1997年2月、香港返還を5ヶ月後に控え、最高実力者・ケ小平は、亡くなります。

    ◆◆もし、客家の結束とケ小平がいなかったなら、◆◆
    ◆◆中国の歴史は変わっていたかもしれません。◆◆
    ◆◆ 明日は、出張で休みます◆◆

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    (2001/11/7)
    金利の起源とベニスの商人(前編)

    メソポタミア時代、人類が農業を発明した頃の出来事です。

    種籾がまったくない人と、余分な種籾を持つ人がいたとします。
    種まきの季節に、後者は、前者に種籾を貸すかもしれません。

    1粒の種籾は、豊作なら、2000粒の小麦を実らせます。
    半年で2000倍に値上がりする株なんてありませんからね。
    投資する価値はありそうです。

    秋になり、小麦が実ると種籾に金利が添えられて返却されます

    紀元前3000年のシュメールの穀物金利は、1/3程度だそうです。

    僅か半年で高利なようですが、リスクも有ります。
    もし、飢餓をもたらすような凶作なら、債務不履行が認められたのではないでしょうか。

    この当時、穀物よりも保存に便利な銀が流通していたそうです。
    銀で借りた場合の、半年間の金利は、1/5〜1/4と穀物金利より安かったそうです。
    金利の格差は、人々が穀物よりも銀を欲しがることと関係があるのでしょう。

    さて、話はかわって、中世ヨーロッパのキリスト教の全盛時代のお話です。

    以前、イスラム銀行は利子をとれないという話をご紹介しましたが、昔は、キリスト教も金利を禁止していたのです。

    金融業は、キリストの教えに背く3K職場で、罪深い高利貸しは天国にいけないと思われたのかもしれません。
    従って、金融業は、なり手がいませんでした。

    実は、二つの宗教のルーツにあたるユダヤ教自体も、高利貸しを、嫌っていたのです。
    しかし、迫害され普通の仕事からあぶれたユダヤ人は、贅沢がいえません。

    「他の民族から利子を取るのは許される」と割り切ることにしたようです。
    ユダヤ人は、仕方がなく、高利貸しになります。

    そして、ますますヨーロッパで浮き上がった存在となったようです。

    ◆◆シェークスピアのベニスの商人をご存知でしょう。◆◆
    ◆◆ 悪役のシャイロックもこうしたユダヤ人の一人です。◆◆
    ◆◆ この続きは、明日発表します。◆◆

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    (2001/11/8)
    金利の起源とベニスの商人(後編)

    シェイクスピアのベニスの商人は、日本ではハムレットを凌ぐ人気だそうです。

    ・・・・・・・・・・・

    アントーニオーは、友人の婚約を手助けするため、冷酷なユダヤ人シャイロックからお金を借ります。
    担保は、アントーニオーの胸の肉1ポンドです。

    こんな契約は公序良俗に反するので無効でしょうね。

    友人は、アントーニオーからの資金でポーシャ姫と結婚することに成功します。
    しかし、不幸にもアントーニオーの船は難破して、財産を失い、シャイロックへの債務は、不履行になります。
    シャイロックは、金貸しの悪口をいうアントーニオーが大嫌いでした。

    契約をたてに、シャイロックはアントーニオーを殺しそうとします。

    裁判が行なわれます。

    美貌の裁判官(実は、ポーシャ姫が変装している)は、機転を利かせて、シャイロックをやり込めます。

    「あなたは、一ポンドちょうどの肉を切り取らねばならない。
    少しでもくるいがあったら殺人罪だ。
    また、血を一滴も流してはいけない。血は担保にはなっていない。」

    強欲なシャイロックは、アントーニオーを殺すことも、元金の返済さえも受けられなかったと思います。
    この話では、シャイロックは、ユダヤ教を改宗することさえも勧められます。

    ・・・・・・・・・・・・

    愛と友情が、強欲と非情に勝利したかのようにも見えます。
    16世紀のキリスト教徒の観客は、ユダヤ人シャイロックの敗北に胸のすく思いがしたのでしょう。

    しかし、別の視点があります。
    何百年もの間、ユダヤ人はこの劇をどんな思いで観てきたのでしょうか?

    彼らは、この悪役が、なんで、「金貸しのユダヤ人」との設定なのか、
    憤慨していたに違いありません。
    これは、ユダヤ人への差別が生んだ物語なのではないかと私は疑っています。

    シェイクスピアの中では、この話が一番嫌いですね。

    ユダヤ人は、こうした逆境に耐え、金融の世界で自然淘汰を勝ち抜いた民族です。

    ◆◆金融業は、資本主義の発達をもたらし、◆◆
    ◆◆その中核を担ったユダヤ人は、今日でも一大勢力です。◆◆

    ◆◆ ヘッジファンドを動かす、彼らは、◆◆
    ◆◆日本の銀行株や、ハイテク株の秘密情報でも握っているのでしょうかね?◆◆
    ◆◆明日は、休みます。◆◆

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    (2001/11/11)
    1998年NTTドコモ上場の影響

    携帯電話の6割のシェアを占める巨人。
    NTTドコモが東証一部に上場したのは、1998年10月のことでした。

    公募・売出での調達金額は、なんと2兆1255億円、同社の時価総額は東証一部の3.7%を占めました。
    当初、これだけの資金を市場が吸収できるかどうか、心配されていました。

    公募に対して、2倍を超える申し込みがあり、上場日には人気化することが、次第に明らかになります。
    公募価格は390万円です

    注目の10月22日。
    寄り付きは、公募価格を18%も上回る460万円。
    この日の出来高は、80,088株でした。

    ドコモ株を買う換金売りの影響が心配された日経平均は、5日続騰の79.23円高でした。

    この日、NTTは、NTTドコモの保有株式売却益が3,900億円(税引き後)に達したことを明らかにします。同社は、記念配当や自社株消却などの株主還元策を実施すると発表します。

    さて、上場前のドコモの株主は、このように莫大な利益をだしました。その大部分は、ドコモに関係した大企業ですが、その中で5人、個人がいました。

    そのうちの2人は、小渕首相(当時)の関係者です。

    小渕首相の実兄で群馬県・中之条町長をつとめる小渕光平が270株を、小渕の秘書官・古川俊隆がその半分の135株を保有していたのです。

    ただ同然で手に入れた株が、合計15億8000万円(公募価格で計算)の価値を生みます。
    この件に関しては、その後、「郵政族であった小渕氏への政治献金ではないか」との疑惑が報道されます。

    その後、ドコモは、利食い売りに押されて軟調となり、
    26日には、一時405万円まで、値下がりします。

    しかし、相場が安くなると、この株を組み入れる必要に迫られた、機関投資家の買いが入ります。
    機関投資家は、ドコモを年末まで、時間をかけて買ったようです。

    機関投資家は、通信セクターの比率を引き上げて、資金をやりくりしました。
    当時は、急速な円高が進行しており、ファンドマネージャーは、業績の先行きに不安のある国際優良株を売却して、ドコモを購入したといわれています。

    1999年4月30日には、ドコモの株価は700万円を突破します。

    さて、最後に評判の悪い大形IPOの例を紹介します。

    2000年10月20日、通信衛星TVで有名なスカイパーフェクト・コミュニケーションズ がマザーズに上場します。

    調達規模は1,280億円、公募価格は32万円でした。

    しかし、申し込みの際、キャンセルが続出します。
    初値は、公募価格を下回る295,000円、終値は失望売りから255,000円に暴落します。

    翌日には、22万円となりますが、値ごろなのに、機関投資家は見向きもしません。

    何故でしょう?

    スカパは、赤字株。機関投資家は、赤字株を買いたくても買えないのです。

    ◆◆さて、11月30日には、電通が上場されますが、どんな影響を与えるか?◆◆
    ◆◆ 千差万別、私にはよく分かりません。◆◆

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    (2001/11/12)
    明日のジョーと泪橋(前編)

    先日、常磐線の南千住駅から、バスで浅草に向かいました。
    一つ目の交差点の停留所の名前を見て、ハッとしました。

    泪橋」と書いてあったのです。

    ここは、東京の日雇い労務者の寄せ場のある山谷の入り口なのです。そういえば、昼間から酔っ払った人達が、たむろしています。

    冬が真近です。

    最近の不況の深刻化は、山谷のドヤ街の宿泊者にとって、特に辛いようです。
    ドヤ(宿を逆さにした)とは、蚕棚で仕切られた簡易宿泊所のことです。

    その中年の男は、仕事にあぶれ、ドヤ代を払えなくなります。

    彼は、アオカン(路上での野宿)に追い込まれます。
    ついこの間まで、まともな暮らしをしていたのに。

    焼酎は、憂さを晴らすだけでなく、体を温め凍死から身を守るための必需品でもあるのです。
    アオカンの新人は、金品を強奪する「もがき」に狙われます。

    新人は、抵抗して殴られ、身ぐるみ剥されます。

    夜が明けます。

    見回りの巡査が、既に冷たくなった新人を発見します。
    手帳から、身元が判明。

    株に失敗したJ_Coffee
    な〜んて、バスでくだらない空想にふけってしまいました。

    現在、川は埋め立てられ、実際には泪橋はかかっていません。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    しかし、江戸時代、そこには川と橋がありました。
    泪橋を渡ると、そこは小塚原刑場。

    死刑囚が、この橋の途中で振返り、悲しみに沈む見送りの人に最後の別れを告げた、というのが名前の由来です。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    しかし、ある漫画の登場人物が、泪橋にもっとリアルな意味を私の脳裏に焼きつかせました。

    ◆◆その男とは、ボクシング漫画の名作「 あしたのジョー 」で、◆◆
    ◆◆リングサイドで「立て!立つんだ!ジョー」と叫んでいた、◆◆
    ◆◆片目に眼帯をした中年の禿頭、丹下段平です。◆◆

    ◆◆この続きは、明日発表します。◆◆

    (参考文献)「山谷ブルース」 エドワード・ファウラー著 洋泉社

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    (2001/11/13)
    明日のジョーと泪橋(後編)

    丹下段平は、元プロボクサー。日本タイトル戦を目前にして、左眼を失明します。段平は、ボクサーの夢を打ち砕かれ、落ちぶれて、飲んだくれとなり、山谷にたどり着きます。

    そして、チンピラとケンカしている矢吹ジョーのパンチ力に魅了されます。
    荒削りのダイヤモンドの原石のような、逸材です。

    彼は、ジョーに影のように付き従い、ボクシングの奥義を教え、二人で栄光への道を歩みだします。
    山谷のみすぼらしい丹下拳闘クラブで、宝石は、磨かれて輝きだします。

    世界チャンピオン、ホセ・メンドーサとタイトル戦が実現するまで・・・・

    さて、段平が、この橋について語る名場面です。

    この橋はな・・・・人呼んで、なみだ橋という。
    いわく・・・人生にやぶれ、生活に疲れ果てて、このドヤ街に流れてきた人間達が、
    なみだで渡る、かなしい橋だからよ・・・

    三年ほど前のわしもそうだった。おめえもその一人だったはずだ。
    だが、今度はわしとおまえで、この橋をさかさに渡り
    あしたの栄光をめざして第一歩を踏み出したいと思う・・・

    わかるか、わしのいうてる意味が・・・?
    ああ?わしのいうてる意味がわかるかよ、ジョー!


    私は、泪橋というと、このシーンが甦ります。

    ・・・・・・・・・play back・・・・・・・・・・・

    夜が明けます。

    J_Coffeeの耳元で、段平が激励します。
    立て!立つんだ!J_Coffee

    私は、力を回復して立ち上がります。
    駅のコインロッカーには、10万円が隠してあります。

    昨日の飯場で、経営危機の○○建設の工事が、急に進みだしたとの情報をつかんだのです。

    ◆◆アオカンは、投資資金を確保するための窮余の一策でした。◆◆
    ◆◆ よし、泪橋をさかさに渡るぞ!◆◆

    ◆◆私は、性懲りもなく証券会社に向かいます。◆◆
    ◆◆力石徹のテーマソングを聞きながら・・・◆◆

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    (2001/11/14)
    1兆4400億円の観光道路
    アクアライン

    1997年12月18日、東京湾を横断して、川崎と木更津を30分で結ぶアクアラインが開通します。

    海上を一直線に走るのは、気持ちがよい。
    ほとんど車の走らない中、スピードも出せます。
    途中の人工島「海ほたる」も人気を呼びます。

    360度パノラマデッキからは、夕日に輝く富士山やベイブリッジの夜景を堪能できます。

    しかし、アクアラインは、深刻な問題を抱えています。

    アクアラインの建設費は、当初1兆1510億円と見積もられていました。
    そして、交通量は、33,000台/日との計画です。
    さらに、20年後には、64000台/日に交通量は増加して、借金は返済されるという目論見でした。

    しかし、実際は3000億円近くも予算オーバーで1兆4400億円もかかりました。

    さて、開通した月、人気が集中するこの時期の交通量は、14,265台/日。 1998年度平均9,996台/日、1999年度平均9,647台/日と予定の1/3を満たしません

    道路公団の資料をみると、98年度の決算では赤字が320億円、道路公団の98年度の事業でも東京湾アクアラインは316%の収支率になっています。つまり、100円の収益を上げるのに316円のコストがかかります

    道路公団の道路は60%以上が赤字ですが、アクアラインは、伊勢湾岸自動車道(収支率338%)に続いてワースト2位の赤字道路なのです。

    2000年7月20日の海の記念日、アクアラインは、起死回生の勝負に出ます。

    通行料金を大幅値下げしたのです。例えば、普通車は片道4000円から、3000円に25%値下げします。

    京葉道路と千葉東金道路は収支率は58%、つまり100円の収益を上げるのに58円しかかからない高収益道路です。この二つの道路とどんぶり勘定(千葉プール制)にすることで、この値下げは可能になりました。

    交通量は、2000年度は、11,907台と前年度に比べ23.4%増加しました。
    しかし、値下げの影響で収支は改善されないでしょう。

    今年の8月以降、不況の深刻化に伴い、再び交通量は、減りだします。

     

    これだけ値下げしても、通行料の高いアクアラインには、トラックがほとんど走っていません。
    アクアラインは、決して産業道路ではないのです。

    アクアラインのHPには、通勤・通学圏が広がると書いてあります。
    通勤、通学?毎日高いバス代を払って通う人はいないでしょう。

    アクアラインの実態は、海ほたるをメインにした観光道路なのです。
    景色も単調、一度訪れた人は、二度とは来ません。
    1兆4400億円もかけた観光道路!

    ◆◆そんな杜撰な計画では、当然、赤字となります。◆◆
    ◆◆ 民間企業なら、とっくに倒産。◆◆
    ◆◆ この無責任な赤字道路を造ったのは、誰でしょうね?◆◆
    ◆◆木更津といえば潮干狩り(春のみ)、温泉はありませんよ。◆◆

    (参考文献)「続・日本国の研究」 猪瀬直樹著  文芸春秋社

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